2010年10月10日

ひっこし

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京長屋、祖父母の家。

何人もが靴を置けるくらい細長い玄関
細長く梁むき出しで高い天井の台所
子供のころ上から落ちた急で危険な階段
歩くとギシギシ軋む畳と板の間
冬は障子だけで寒かった部屋
お正月にいっぱいの親戚でぎゅうぎゅうに集まった居間
たまに鼠が走る天井
今にも朽ちて落ちそうなベランダ
冬は寒くて行くのが嫌だった外にあるトイレ
ガラガラガラと建付の悪い引き戸の玄関
家の裏にお地蔵様が居て、よくお願いごとをした。
お風呂が無い京長屋

京都のど真ん中、お母さんが生まれて育った家




祖父母の家に泊まる時は、家にお風呂が無いから毎回銭湯に行かなければいけなかった。

垂れたお乳、曲がった腰、ピチピチで綺麗な体、いろんな裸がたくさんあって、人の体って不思議だなと感じた小さいころ。
銭湯でよく100円入れて上下に動く機械の馬に乗せてもらった。
銭湯に行ったら毎回マミーを飲むのが楽しみだった。
銭湯の中に水槽があって、鯉が泳いでいるのを見るのはとっても怖かったなぁ。
お父さんと親戚のおじさんと一緒に行った時は、壁越しに聞こえる声「あれ、お父さんの声かな?」「あの笑い声はおじさんの声ちゃう?」と姉と耳を澄ませて想像したりもした。
衣類をいれる籠、たまに番号を忘れて焦ったな。
身体測定の時に乗るような大きな体重計、大人になったらみんなの前で乗らなくなった。
電気風呂、大人になったらいつの間にか入れるようになってた。

銭湯から祖父母の家までの道のりを、頭にバスタオルを巻いてパジャマ姿で桶を持って、まるで渡り廊下のように歩いて帰った。
今考えると、ちょっと恥ずかしい光景だな。



そんな銭湯も、とうとう閉店してしまった。
当たり前にあった生活の一部が無くなると、住み続ける事が難しくなる。
大事に暮したいけれど、どうしようもない現実。
淋しいけれど…時代は移り変わってく。
これも歴史なのかな。



ビルが建ったりコンビニが出来たり、毎回帰るたびに少しずつ景色が変わっている京都。
維持してゆく事は簡単な事ではない、だけど古い町屋が少しずつ消えて行っているのを見るのは淋しいなって思う。
posted by フジマツミキ at 16:50| Comment(0) | 日記
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